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5
白々とした冬の日差しが差し込む狭い盗人の家で、漏れ聞こえてくる人声を頼りに、大公はだんだんと自分の置かれた状況を知った。
大公の時代から、既に四百年以上が経過していること。美男で知られた「冷血公」は、三十歳までも生きずに死んだこと。
もともと政権争いで混乱していた国は、彼の死後まもなく隣国に吸収されて滅んだこと。
今は殆ど忘れられた彼の城に、はした金欲しさで盗みに入ったこの男たちには、古い絵画や骨董品は手にあまり、早く売り払いたいと焦っていること。
売り飛ばされることなどどうでもいいと、大公は思った。
あの夜の驚愕は去ったが、落ち着いていくら思い出そうとしても、自分の死の記憶すらない。
いったいどこまでが生身で、いつからこの絵の中に生きているのか。こんなことが有り得るというのか。
何度繰り返し問うても、何の答えもなかった。
そしてそれ以上に、胸をますます重らせている正体不明の苦しさに、彼は耐えかねていた。
何度繰り返し問うても、何の答えもなかった。
そしてそれ以上に、胸をますます重らせている正体不明の苦しさに、彼は耐えかねていた。
いっそこの男たちが古い絵など持て余し、焼き捨ててくれないだろうかと、大公は切望した。
そうすれば、この重苦しさから解放され、今度はちゃんと死ねるかもしれない、と。
だが、しばらく経った霜の降りた寒い朝、乗り込んで来た警察と名乗る者たちに簡単に捕らえられた盗賊の家から、大公たち過去の遺物は城へと運び戻されることになった。
大公は惑乱した。四百年もの間、茫洋とただ暮らしてきたあの居間での日々が、また始まる。
だが、しばらく経った霜の降りた寒い朝、乗り込んで来た警察と名乗る者たちに簡単に捕らえられた盗賊の家から、大公たち過去の遺物は城へと運び戻されることになった。
大公は惑乱した。四百年もの間、茫洋とただ暮らしてきたあの居間での日々が、また始まる。
いつ果てるとも知れない、何もない日々が。
それは到底、耐えられないことに思われた。
だが、彼に逃れるすべはなかった。
「警察のバン」という黒い荷車がきしりを上げて止まり、無情にも城への到着を告げた。
数人の男たちが次々と、積み込んだ荷を城へと戻し始めた。
車外に運び出された時、汚れ除けに掛けられた布越しに、大公の鼻孔を冷えた真冬の大気と、かすかな香りがよぎった。
何だろうか、ほのかに覚えのある、つんと澄んだ香り。
(つづく) → 「雪の香の物語 6」
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何だろうか、ほのかに覚えのある、つんと澄んだ香り。
(つづく) → 「雪の香の物語 6」
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