もう一度会いたい

2023年12月15日金曜日

憂き世

t f B! P L








「もう一度会いたい」








あなたと一緒に暮らしていた時
あなたはなんにも望まなかった
私に何も、言わなかった



部屋をきれいに片付けろとか
朝もっと早く起きろとか
泣くと目が腫(は)れて醜くなるから
泣かないで大人らしくしっかりしろとか
きちんとした食事を考えろとか



あなたはなんにも言わないで
私の部屋に入って来て
置かれた本を避(よ)けて歩く
気にも留めずにいつも通りの軽やかな足取りで
あの本も この本も
優雅に傍(そば)をすり抜けて
遠回りして歩いて来る
私になんにも言わないで
私の脚に凭(もた)れて眠る








私は本を片付ける
あなたがまっすぐ歩けるように








あなたは私に都合を聞かない
なんにも聞かずに膝に上がる
仕事の締め切り直前の追い込み中でも
先客として編みかけのセーターが拡がっていても
断りもせずにのしのしと上る
私はあなたを何度も下ろす
理由を聞かせながら
ごめんねと言いながら
でもあなたは頓着しない
ちゃんと聞こえているくせに



私は諦めて あなたを膝に乗せたまま
無理な姿勢で作業を続ける
あなたはそのうちするりと抜けだす
「あああ、居心地良くなかった
やっぱり何かしている人間なんかダメ
あっちへ行ってもうひと眠り」
大きく伸びをして、お気に入りのクッションに丸くなり
満足そうな鼻息をひとつ
最初からこっちにすればよかったと言わんばかりに








自分はしたい放題なのに
私があなたを抱きしめたい時
あなたはいやがる
迷惑そうに眉間をしかめて 不機嫌な声を出し
それでも伸べる私の手から
全力で逃げ出してゆく
後も見ずに



私はひとりで残される
あなたは別の膝へ行く
その時あたたまれる膝があれば
誰でもいいのだ、私は思う
あなたは私のことを 好きなわけじゃない
開けられる扉と、上れる膝と、好きなクッション
私がとくべつ好きで 私がいるからここに来る
わけじゃないと








でも
あなたはまた来る
当然のような顔をして
私の本を避けて歩き
自分を責めながら寝坊している私の隣にもぐりこみ
ぴったりと寄り添ってすうすうと寝息を立てる
私の編みかけのセーターの上に寝転がり
締め切り前の私の机の真ん中に陣取る
そしていつの間にか 泣いている私の膝に
そっと尻尾を当てている



何度も なんども
ゆっくりと ささやかに
さわさわ、 とん
さわさわさわ、 とん
私が気付こうが 気付くまいが
すんなりときれいな細い尻尾を
揺らしては そっと当て
揺らしては また
私の涙が止まっても まだ
眠ったふりで あっちに頭を向けたまま
さわさわ さわさわ
いつまでも、 さわさわ








あなたが私を好きなこと
ほんとはちゃんとわかっていた
あなたが私の声を ことばを
私の手を
「私」という存在を好きでいること
本当はきっともっとわかっていた
だけど
その本当の声の言うことを
私は聞けないほど怖かった
あなたがどんなに私を好きか
うんと うんと 
あまく見積もって受け取らなかった



あなたが私にだけわがままなこと
他の人には「大人しくて滅多に鳴かないいい子」なのに
私にはいろいろと話し返すこと
気付いていたのに 認めなかった
あなたは誰にでもやさしくて 天使のようで
皆に愛されて だから
私があなたの特別だなんて
自惚れちゃいけないと
そんな幸せなことあるはずがないと
思っていた



私が来る前まで無口だったあなたが
玄関を入って部屋まで来る間じゅう
ずっと鳴いて歩くようになったのは
私にただいまって言ってたんだ
私を呼んでいたんだと
あなたが去って次の日になるまで
私はわからないほど愚かだった








あなたは私を呼んでたんだ
毎日、毎日、話しかけてたんだ
私に


 





あなたを抱いて、いつも
「大好きだよ あなたも私のこと
ちょっと好きだよねえ」
そう言っていた
どうしてあなたも私を
うんと、うんと好きだよねと
知ってるよと
言ってあげなかったんだろう



ごめんね



ごめんね









私の隣で寝息を立てる まるいやさしい頭
やわらかく応える声
軽い足音
ため息
しっぽ
ぎゅっと強く抱きしめ返してくれた手



だれかの すべてを
深く ふかく 愛すると
それはとてもつらいことだと
あなたが去って また
知ったけれど
今もまだ 痛むけれど
それでも
あなたに会えて
この世で共に暮らせて
                  


よかった








もう一度  会いたい
















✼‥┈┈‥✼‥┈┈‥✼‥┈┈‥✼

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作者



花陽(かよう)
詩人 


10代の頃から長年に渡る作品を
順不同で更新する詩の部屋です


今 出逢うべき一篇が
あなたに届きますように


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